『海峡点描』

“海の上を走っていたレール”のお話です(ヤフブロより引っ越し作業中💦)

2017年06月

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観劇したかったのに、見れずに終わった『海峡の7姉妹 ~青函連絡船物語~』。
青森の劇団「渡辺源四郎商店」が主催した一風変わった、そして連絡船の記憶がある人なら思わず涙してしまう演劇です。

その台本を、青森公演を見た‘山行が’ミリンダさんが私宛に送ってくれました。
(ミリンダさん、ありがとうございます~!!・゜・(つД`)・゜・)

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上演された小屋はザ・スズナリ(東京)、渡辺源四郎商店しんまち本店(青森)、金森ホール(函館)の3ヶ所。
青森公演には葛西機関長(八甲田丸)、函館公演には里・青函連絡船OB 会長と北山船長(大雪丸)のゲストトークも付く贅沢な演出。
あ~、意地でも休みを取って行くんだったナ~(/o\)

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青函連絡船の津軽丸(2代)型を擬人化して劇団員がそれぞれ船の被り物を着け、「海峡の女王」と謳われた津軽丸型の誕生から青函連絡船の終焉までを追った一大歴史ストーリー。

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美しいスタイルの客船ってよく女性に例えられますが、津軽丸型姉妹船7隻に扮したのも女性劇団員の皆さん。
話の随所に船の専門用語が飛び出したり、津軽丸型と入れ替わりに引退した洞爺丸型が舞台上に現れたり。
もし連絡船が話せたら多分こんな会話を交わしたんだろうなぁ・・・・そんなファンの空想力をくすぐる内容です。

特に泣かせるのが、引退して青森と函館に繋がれた八甲田丸と摩周丸のシーン。

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あっ、イカン!
これ見ただけで涙でてきた・・・・(T^T)

ミリンダさんの話では「公演のDVDが後日発売されるかも?」とのコト。
問い合わせしてみようかなぁ。


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絵葉書セット《北海道と本土を結ぶ『青函連絡船』》、最終回は「羊蹄丸」「十和田丸」の2隻+「青函連絡船の遊歩甲板」の合計3枚。
進水時には薄緑色だった羊蹄丸。
青函航路を航海中の姿を写した絵葉書は、もちろん濃い赤(エンジ)色。
もう1隻の十和田丸は津軽丸(2代)型ではなく、1954(昭和29)年の台風で遭難した洞爺丸の代船として、1957(昭和32)年に急遽建造された初代船。
‘その1’で『昭和40年頃に発売された絵葉書』と書いたのは、コレと大雪丸の初期カラー葉書があったことから推察しました。

夕暮れの青森行き(上り便)が引く白い航跡の向こう、徐々に小さくなっていく函館山と北の大地・・・・。
裏に「青函連絡船の遊歩甲板」と書かれた写真は、青函航路を旅した人たちにとって哀愁感じる光景です。


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《北海道と本土を結ぶ『青函連絡船』》絵葉書セット、2回目は「松前丸」と「大雪丸」そして「摩周丸」。
松前丸と大雪丸は、前回の津軽丸・八甲田丸と同様の初期塗装。
外舷塗装が緑色の松前丸(‘その1’のめるさん宛てコメントで「薄緑色」と書いてしまいましたが、それは後期塗装でシタ)煙突は淡い朱色?の単色塗りで、他の同型船とは違いますね。
大雪丸は煙突の深緑色に気が付かなければ、八甲田丸と勘違いしてしまいそう。
それに比べて就航時から青い摩周丸は、函館港に係船されている今の姿と同じです。

でも進水の時点では、摩周丸も‘その3’で紹介する羊蹄丸も船体塗装が「薄緑色」でした。
国鉄連絡船の造船監督官だった古川達郎さんの著書『鉄道連絡船細見(JTBパブリッシング)』で詳しく書かれていますが、運航を担当する青函船舶鉄道管理局から‘まぎらわしい’とのクレームが出たことから、この両船は竣工までの間に塗り替えられた・・・・というエピソードがあったそうです。
大雪丸も絵葉書の色で海峡を航海したのは、わずか1年。
次のドック入りで、晩年まで続く深緑色に変えられています。


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久しぶりに連絡船絵葉書です。
私の手元には乗船した際に購入した国鉄晩年+JR時代の物と、ネットオークションで落札した古い物の2種類がありますが、今回のセットは後者。
津軽丸(2代)型が就航した昭和40年頃に発売された絵葉書だと思います。
枚数が多いので3回に分けてご紹介。

1回目はカバーと「津軽丸」「八甲田丸」。
カバー写真は八甲田丸ですね。
函館港防波堤(赤灯)の前を青森へ向け速度を上げつつあるシーンが使われています。
津軽丸の背景は津軽半島の山々みたいなので、おそらく陸奥湾航行中の下り便。
最後の八甲田丸は青森港を出港したところ。
左に青森3岸の丸い見通し灯、そして右遠方には黒い煙を吐く船・・・・津軽海峡最後の蒸気船「十勝丸(初代)」か「日高丸(初代)」でしょうか。

画像1枚目と3枚目の八甲田丸は初期塗装が施されているので、船体色は薄い緑色。
煙突のみ上下が黄+中央部が白で塗られています。
この外舷塗装は落とさないまま黄色を塗り重ねたので、塗装が剥げると下になった‘薄緑色’が顔を覗かせる事もありました。
また画像2枚目の津軽丸も、良く見ると船体と煙突の色が違っています。

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海峡へ舳を向けて・・・・。
船の先に望むのは、雪の残る下北の山々。
早春の陸奥湾、今日は穏やかな表情。
ゆっくりと船体を航路に入れ、連絡船は函館を目差します。
人気の消えた青森駅桟橋待合室。
『羊蹄丸』のエンジンの響きも遠ざかり、耳に聞こえなくなりました・・・・。

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